相続・終活のよくある失敗パターンあるあるシリーズです。 これはフィクションですが、現実に十分起こりうるシチュエーションとオチです。ご自身や、身の回りのどなたかの状況と重ねながら読んでみてください。
【主人公の状況】
夫婦:あり(二人暮らし)
子供:2人(長男は障害があり在宅、長女は独立・健常)
年齢:夫78歳・妻74歳
終活状況:障害のある長男に多く遺す遺言は作ったが、それ以外の備えはなし
Fさん夫婦(夫78歳・妻74歳)には、2人の子供がいます。長男のTさん(48歳)には生まれつき障害があり、今も両親と一緒に暮らしています。長女のNさん(45歳)は独立し、別の土地で家庭を築いていました。
Fさん夫婦にとって、何よりの気がかりは、「自分たちがいなくなった後、長男はどうなるのか」ということでした。Tさんは日常生活に支援が必要で、一人で財産を管理することは困難です。「親亡き後」という言葉は、夫婦にとって、いつも心の奥にある重い課題でした。
ある日、夫婦は墓参りの帰り道、ふとその話になりました。「私たちもいい年だ。Tのために、何か遺してやらないと」。妻も深くうなずきます。「あの子が困らないように、できるだけ多くお金を残してあげたいわね」。
夫婦の思いは一致していました。「財産の大半を長男に遺そう」。長女のNさんは健常で、結婚して安定した暮らしをしている。だから、長男に手厚くするのが親の務めだ——そう考えたのです。
Fさんは早速、遺言書を作りました。内容は「財産の大半を長男Tに、ごくわずかを長女Nに相続させる」というもの。「これでTの将来は安心だ」。Fさんは、肩の荷が少し下りた気がしました。
ただ、夫婦には2つの見落としがありました。ひとつは、健常な長女Nさんにも法律上の取り分があること。もうひとつは、まとまったお金を遺しても、Tさん自身がそれを管理できないということです。けれど夫婦は、「Nは優しい子だから文句は言わないだろう」「お金はNが面倒を見てくれるだろう」と、漠然と考えるにとどまりました。
やがてFさんが亡くなり、続いて妻も他界します。両親を見送った後、長女のNさんの中で、複雑な思いが膨らんでいきました。兄の将来が心配なのは分かる。けれど、自分も親の子であることに変わりはない。介護や見送りで負担も背負った。それなのに、自分の取り分があまりに少ないことに、納得しきれなかったのです。
悩んだ末、Nさんは遺留分(いりゅうぶん/一定の相続人に保障された最低限の取り分)を請求しました。その結果、長男Tさんに遺されるはずだった財産は、目減りしてしまいます。
さらに深刻だったのは、残った財産の管理です。Tさんのもとには、それでもまとまった現金が遺されました。しかし、Tさん自身は財産を管理できません。誰がどう管理し、Tさんの生活のために使っていくのか——その仕組みが、何ひとつ用意されていなかったのです。お金はあるのに守る手立てがなく、散逸してしまう恐れに、家族は直面することになりました。
「Tのために」と願った備えが、皮肉にも、Tさんの将来をかえって不安定にしてしまったのです。
このケースに潜んでいた失敗の原因は、次のとおりです。
「親亡き後」の問題には、見落としやすい2つの落とし穴があります。
ひとつ目は、遺言で偏った配分をしても、遺留分までは奪えないことです。
遺言で「財産の大半を長男に」と指定しても、健常な長女にも、法律で保障された最低限の取り分(遺留分)があります。これは遺言によっても奪えません。
メモ:今回のケースの相続人と遺留分
遺留分を侵害された長女は、遺留分侵害額請求(侵害された分をお金で支払うよう求めること)ができます。請求されれば、長男に遺されるはずだった財産から支払うことになり、肝心の長男の生活資金が目減りしてしまうのです。
ふたつ目は、「遺す」ことと「管理する」ことは別だという点です。
障害があって財産管理が難しいお子さんに、まとまった現金をそのまま遺しても、本人が適切に管理・運用できるとは限りません。悪意のある人に狙われたり、計画的に使えず早期に散逸したりするリスクもあります。「遺せば安心」ではなく、「遺した財産を、誰がどう守り、本人のために使っていくか」までを設計する必要があるのです。
注意点
なお、遺留分の金額や、財産管理に最適な仕組みは、ご家庭の事情やお子さんの状態によって大きく異なり、ケースによるところが大きい分野です。「親亡き後」の備えは特に専門性が高いため、早めに専門家へ相談されることを強くおすすめします。
このケースは、複数の制度を「遺留分」と「管理の仕組み」の両面から組み合わせることで、防ぐことができました。
① 遺留分に配慮した遺言を作る — 長男に手厚くしつつも、長女の遺留分をあらかじめ織り込んだ配分にしておくことが大切です。そのうえで、なぜこう分けたのか(長男の生活を守るため)という理由や、長女への感謝を付言事項(遺言に添えるメッセージ)で伝えれば、長女の感情的な納得も得やすくなります。
② 家族信託(受益者連続型)で、財産を管理する仕組みを作る — これが「親亡き後」対策の中心になります。家族信託を使えば、財産の管理を信頼できる人(長女や専門家など)に託しつつ、その財産から得られる利益は長男のために使う、という設計ができます。さらに「受益者連続型」にすれば、「まず長男のために使い、長男が亡くなった後に残った財産は長女(やその子)へ」というように、何代か先の承継先まで指定できます。お金を長男本人に直接持たせるのではなく、仕組みの中で守りながら使える点が大きな利点です。
③ 任意後見契約で、判断能力低下後の生活も支える — 親自身が認知症などで判断能力を失えば、長男の世話や財産管理が立ち行かなくなります。元気なうちに任意後見を準備しておけば、親の判断能力が低下しても、信頼する人が長男を支える体制を保てます。
ポイント:「親亡き後」の備えのメリット
「親亡き後」の問題は、遺言だけでも、家族信託だけでも不十分なことが多く、複数の制度を組み合わせた総合的な設計が欠かせません。お子さんの障害の状況や受けている福祉サービス、ご家族の関係によって最適な形は大きく変わりますので、必ず専門家を交えて検討されることをおすすめします。
「障害のあるあの子のために、できるだけ多くを遺したい」——その切実な親心は、何より尊いものです。しかし、遺留分への配慮や、財産を管理する仕組みが欠けていると、その思いはかえって裏目に出てしまうことがあります。多く遺したはずの財産が、兄妹の請求で目減りし、残ったお金も守る手立てがないまま散逸する——それは、親が最も望まなかった結末でしょう。
特に、障害のあるお子さんがいるご家庭、親亡き後の生活と財産管理が心配な方、兄妹間の取り分のバランスに悩む方にとって、遺言・家族信託(受益者連続型)・任意後見を組み合わせた備えは、決して「まだ早い」ものではなく、むしろ最優先で取り組むべき課題です。
備えができるのは、ご両親がしっかりしている「今」だけです。お子さんの将来を本当の意味で守るために、一度立ち止まって、専門家とともに考えてみてください。少しでも気がかりなことがあれば、どうかお早めにご相談ください。