「縁組したから安心」が招いた相続の泥沼
養子縁組をしていても、遺言書がなければ相続人全員での話し合いが必要となり、実子と養子の感情の違いから相続が長期化することがあります。遺言書や遺言執行者の重要性をわかりやすく紹介しています。

「縁組したから安心」が招いた相続の泥沼

これは、終活・相続のよくある失敗パターンあるあるシリーズです。登場人物はフィクションですが、現実に起こりうるシチュエーションとオチを描いています。「ちゃんと養子縁組もしたから安心」と思っている方こそ、ぜひご自身や身近な方の状況と重ねながら読んでみてください。


【主人公の状況】


夫婦:あり(再婚同士・結婚25年)
子供:夫に実子2人(前妻との子)、妻の連れ子2人と養子縁組済み。子は計4人
年齢:夫Hさん(80歳)・妻Yさん(74歳)
終活状況:「養子縁組はしたから大丈夫」と考え、遺言書は作っていない

事例:CASE

 秋の法事。Hさん(80歳)の家には、4人の子どもたちが顔をそろえました。再婚して25年。Hさんの実子2人と、妻Yさん(74歳)の連れ子2人。再婚を機に、HさんはYさんの連れ子2人と養子縁組(法律上の親子になる手続き)をしていました。


 「縁組もしたんだ。これでみんな、平等に私の子だ」。Hさんは、そう信じて疑いませんでした。実子も養子も、分け隔てなく育ててきた自負があります。


 たしかに、子どもたちは表向き仲良くやっていました。けれど、Hさんが気づいていないところで、実子と養子の間には、わずかな距離がありました。実子は「父の財産は、本来は自分たち血を分けた子のもの」という思いを、心の奥にしまっていました。養子は養子で、「縁組したとはいえ、自分たちは後から入った身」という遠慮がありました。


 知人から「子どもが多いなら、遺言だけは書いておいたほうがいいよ」と言われたこともありました。けれどHさんは、「ちゃんと縁組までしたんだから、もめるはずがない」と取り合いませんでした。「平等にしてあるんだから、あとは子どもたちで仲良く分ければいい」。そう思っていたのです。


 財産は、自宅と、いくらかの預貯金、それに先祖から受け継いだ土地。決して大富豪ではありませんが、分けるとなると話は単純ではありません。


 そんなある日、Hさんは静かに息を引き取りました。


 葬儀が終わり、相続の手続きが始まりました。相続人は、配偶者のYさんと、子ども4人(実子2人・養子2人)の、合わせて5人遺言書はありません。そのため、5人全員で「遺産分割協議(遺産の分け方の話し合い)」をすることになりました。


 ここから、長い長い迷走が始まります。


 自宅や土地は、きれいに4等分できるものではありません。「先祖の土地は血筋が継ぐべきだ」と言う実子。「父さんは平等にと言っていた」と返す養子。それまで表に出なかった本音が、相続をきっかけに噴き出しました


 「そもそも、なぜ養子縁組までしたのか」。25年前の経緯にまで話がさかのぼり、感情のもつれは深まるばかり。話し合いは、何度開いてもまとまりません。


 遺産分割協議は、全員の合意がなければ成立しません。誰か一人でも納得しなければ、財産は宙に浮いたまま。気づけば、Hさんが亡くなってから何年も経っても、遺産分割は決着しませんでした


 その間、自宅も土地も手をつけられず、家族はばらばらに。「平等にしたつもりだったのに」――Hさんの願いとは、正反対の結末でした。

事例の解説

失敗の伏線

  • 養子縁組をしたから、もめない」と思い込んでいた
  • 相続人5人と多く、関係も複雑だった
  • 実子と養子の間の潜在的な感情に気づいていなかった
  • 遺言を書いておけば」という助言を聞き流した

失敗の解説

 今回のつまずきは、「平等にしてあれば、もめない」という思い込みでした。


 Hさんが養子縁組までしたことは、立派な備えです。これにより、養子も実子とまったく同じ相続権を持つことになりました。ここまでは正しい一歩でした。


 ところが、見落としがありました。相続人が増えるほど、そして関係が複雑なほど、話し合いはまとまりにくくなるという点です。


 遺言書がない場合、財産は相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で分けます。そして、この協議は全員が合意しないと、一歩も先に進みません。


メモ:再婚で養子縁組をした夫(Hさん)が亡くなったときの相続

  • 配偶者(妻Yさん)は、必ず相続人になる
  • 第一順位=子ども → 実子も養子も「同じ立場の子」として相続権を持つ
  • 実子2人・養子2人 → いずれも相続人(計4人)
  • 遺言書がなければ、配偶者+子4人の「全員5人」で遺産分割協議が必要

相続人が多く、関係が複雑なほど、長期化しやすい


 養子縁組は「平等」を実現する一方で、相続人の数を増やし、話し合いの当事者を増やす側面もあります。今回のように、実子と養子の間にわずかな感情の溝があると、それが相続をきっかけに表面化し、協議が泥沼化することがあるのです。


注意点

  • 相続人が多いほど、全員の合意を得るのが難しくなる
  • 実子と養子の間に、普段は見えない感情の溝があることがある
  • 遺言書がないと、過去の経緯までむし返されて争いが長引く
  • 協議がまとまらないと、自宅や土地が何年も動かせなくなる
  • 「平等にした」だけでは、分け方の道筋までは決まらない

 なお、誰がどう相続するか、どう分けるのが最適かは、ご家庭の状況によって変わります。個別のケースについては、専門家に相談するのが確実です。

この事例を成功させる解決策

 Hさんの「平等に、円満に」という願いをかなえるには、「誰が何を引き継ぐか」まで、生前にはっきり決めておく必要がありました。相続人が多い家庭には、次の備えがとくに有効です。


① 遺言書で「分け方」まで具体的に決めておく
 最も効果的なのが、遺言書です。「平等にしたい」という思いを、「自宅は誰へ」「土地は誰へ」「預貯金はどう分けるか」と、具体的に書いておきます。こうしておけば、そもそも遺産分割協議が不要になり、5人で延々と話し合う事態を避けられます。


 とくに、相続人が多いケースでは、公正証書遺言(公証役場で作る確実な遺言)が安心です。あわせて、なぜその分け方にしたのかという思いを付言事項遺言に添える気持ちのメッセージ)として残せば、家族の感情的な納得にもつながります。


② 遺言執行者を指定しておく
 もうひとつの鍵が、遺言執行者(いごんしっこうしゃ)の指定です。これは、遺言の内容を、責任を持って実現する役割の人のこと。名義変更や預貯金の手続きを、執行者が単独で進められます。


 相続人が多いと、手続きのたびに全員の署名・押印を集めるだけでも大変です。信頼できる第三者(行政書士などの専門家)を遺言執行者に指定しておけば、相続人同士が直接ぶつからずに済み、中立な立場で手続きが円滑に進みます


ポイント:遺言書+遺言執行者で備えるメリット

  • 遺言書があれば、面倒な遺産分割協議そのものが不要になる
  • 「自宅は誰へ」と分け方まで明確にでき、争いを防げる
  • 付言事項で、分け方の理由や感謝を伝え、感情的な納得を促せる
  • 遺言執行者がいれば、相続人が多くても手続きがスムーズ
  • 専門家を執行者にすれば、中立な立場で家族の負担を減らせる

まとめ

 「養子縁組までしたのだから、もめるはずがない」――その思いは、家族を大切にする気持ちのあらわれです。けれど、養子縁組は「平等」を実現する一方で、相続人を増やし、話し合いを複雑にする側面もあります。


 相続人が多く、関係が複雑なほど、遺言書のない遺産分割協議は難航しがちです。全員の合意が得られず、財産が何年も宙に浮き、家族がばらばらになる――そんな、本人の願いとは正反対の結末すら起こり得ます。


 だからこそ、実子と養子が複数いるような再婚家庭にとって、遺言書遺言執行者の指定は、まさにマストの備えです。これらを整えておくことは、「平等に、そして円満に」という思いを、最後まで確かな形で実現することにほかなりません。


 大切なのは、お元気な「」だからこそ動ける、ということ。「縁組したから安心」で終わらせず、ぜひ「分け方」と「手続きを任せる人」まで考えてみてください。進め方に迷ったときは、行政書士などの専門家に相談することで、ご家庭に合った形が見つかります。