相続・終活のよくある失敗パターンあるあるシリーズです。 これはフィクションですが、現実に十分起こりうるシチュエーションとオチです。ご自身や、身の回りのどなたかの状況と重ねながら読んでみてください。
【主人公の状況】
夫婦:夫とは死別(専業主婦だった妻が一人暮らし)
子供:1人(独立)
年齢:72歳
終活状況:夫の相続を経験したが、自分の備えはこれから
Rさん(72歳)は、長年専業主婦として家庭を支えてきました。2年前に夫を亡くし、今は持ち家で一人暮らしをしています。子供は一人、独立して別の土地で暮らしていました。
夫を見送ったとき、Rさんは相続の大変さを身をもって経験しました。役所の手続き、銀行の名義変更、書類の山——慣れないことばかりで、ずいぶん苦労したのです。「相続って、こんなに大変なものなのね」。Rさんは、しみじみそう感じました。
その経験から、Rさんは「自分のときはどうなるのだろう」と、漠然と考えるようになりました。終活という言葉も、以前より身近に感じます。けれど、いざ何かを始めようとすると、「うちは子供が一人だけ。遺すものを争う相手もいないし、揉めようがない」という思いが頭をよぎりました。「一人っ子なんだから、全部あの子のもの。わざわざ遺言なんて要らないわ」。そう考えて、結局、何も準備しないままでした。
実は、夫の相続のときにも、Rさんには気がかりなことがありました。夫名義のままになっていた不動産の名義変更(相続登記)を、後回しにしていたのです。手続きが複雑そうで、「急ぐものでもないだろう」と、つい放置していました。子も「お母さんが住んでるんだし、急がなくていいよ」と言うので、そのままになっていたのです。
そうして月日が流れ、Rさんも夫のもとへ旅立ちました。
残された子は、母を見送った後、実家の整理を始めます。「一人っ子だから、手続きも簡単なはず」。そう思っていた子でしたが、現実は違いました。
まず立ちはだかったのが、夫名義のままだった不動産です。子が家を売ろうとしたところ、専門家からこう告げられます。「この不動産は、まだお父さま名義のままですね。お母さまの相続の前に、お父さまの相続の手続きからやり直す必要があります」。手続きが二代分重なり、用意すべき書類も一気に増えて、話は一気に複雑になりました。
さらに、想定外の事態が起こります。父(夫)の相続関係を調べるために戸籍をさかのぼったところ、父が生前にひそかに認知していた子がいたことが判明したのです。子にとっては、会ったこともない異母きょうだいでした。
その認知された子も、父の相続では正式な相続人です。父名義の不動産を売るには、その人を含めた全員での話し合い(遺産分割協議)が必要でした。子は、見ず知らずの相手を探し出し、事情を説明し、協議をまとめなければならなくなったのです。
「一人っ子だから揉めない」と信じていたはずが、二代分の手続きと、見知らぬ相続人との協議に追われることに——。Rさんが「要らない」と思った備えの不在が、残された子に、想像もしなかった重荷を背負わせてしまったのです。
このケースに潜んでいた失敗の原因は、次のとおりです。
このケースには、見落としやすい3つの落とし穴があります。
ひとつ目は、「子が一人」でも、手続きが楽とは限らないことです。相続争いがなくても、名義変更や書類集めといった手続きの手間は、相続人の人数とは別に発生します。むしろ、一人っ子だからこそ、その負担がすべて一人にのしかかるとも言えます。
ふたつ目が、このケース最大の落とし穴、相続登記の放置です。夫の不動産を夫名義のまま放置すると、妻の相続が起きたときに「夫の相続」と「妻の相続」が二代分重なってしまいます。これを数次相続(すうじそうぞく)といい、手続きが一気に複雑になります。
メモ:相続登記は「義務」になりました
→ 「急がなくていい」は、もう通用しません
そして三つ目が、隠れた相続人の存在です。亡くなった方の戸籍をさかのぼると、家族も知らなかった相続人(認知した子、前婚の子など)が判明することがあります。その人を含めずに行った遺産分割は無効となるため、必ず全員での協議が必要です。夫の相続を放置していたために、この問題が後から噴き出してしまったのです。
注意点
なお、数次相続の手続きや隠れた相続人がいる場合の対応は、事案によって大きく異なり、ケースによるところが大きい分野です。すでに名義変更が済んでいない不動産がある方は、早めに専門家へ相談されることをおすすめします。
このケースは、Rさんが元気なうちに、2つの備えを整えておけば、残された子の負担を大きく減らせました。
① まず、夫の相続登記を済ませておく — 何よりも優先すべきは、夫名義のままの不動産を、Rさんの名義に変更しておくことでした。これを生前に済ませておけば、二代分の手続きが重なる「数次相続」を防げます。その過程で戸籍を調べれば、隠れた相続人の存在も早い段階で判明し、Rさん自身が落ち着いて対応できたはずです。
② 遺言書で、自分の相続をスムーズにする — 「子が一人だから不要」と思われがちですが、遺言書があれば、子は遺産分割協議をせずに、スムーズに名義変更や手続きを進められます。一人っ子に負担を集中させないためにこそ、遺言は有効です。形式不備や紛失を防ぐため、公正証書遺言(公証役場で作る遺言)が安心です。
③ 死後事務委任契約で、手続きの担い手を決めておく — おひとりさまとなったRさんの場合、亡くなった後の葬儀・納骨・各種手続きを、子だけに背負わせない工夫も有効です。死後事務を専門家などに委任しておけば、遠方の子の負担を軽くできます。
ポイント:備えのメリット
特に、配偶者を亡くして「次は自分の番」を意識し始めた方は、まず亡き配偶者の相続登記が済んでいるかを確認することが第一歩です。手続きや戸籍の調査は専門性が高いため、専門家を交えて進めることをおすすめします。
「子が一人だから揉めようがない」——その安心が、かえって残された子に重い負担を背負わせてしまうことがあります。争いがなくても、相続登記の放置は手続きを二代分に膨らませ、戸籍をたどれば思わぬ相続人が現れることもある。「揉めないこと」と「手続きが楽なこと」は、別の話なのです。
特に、配偶者を亡くした方、亡き配偶者名義の不動産がある方、「子が一人だから大丈夫」と備えを後回しにしている方にとって、相続登記の確認や遺言・死後事務委任の備えは、決して「まだ早い」ものではありません。
備えができるのは、ご本人がしっかりしている「今」だけです。まずは、亡きご家族の相続手続きが済んでいるか、確認することから始めてみてください。少しでも気がかりなことがあれば、どうかお早めにご相談ください。