これは、終活・相続のよくある失敗パターンあるあるシリーズです。登場人物はフィクションですが、現実に起こりうるシチュエーションとオチを描いています。「支え合う覚悟があれば大丈夫」と思っている方こそ、ぜひご自身や身近な方の状況と重ねながら読んでみてください。
【主人公の状況】
夫婦:なし(事実婚・籍は入れていない。同居2年)
子供:男性に一人子(軽度の知的障害があり、現在は行方不明)
年齢:男性Wさん(82歳)・女性Rさん(65歳)
終活状況:Rさんは看取りまで担う覚悟だが、法的な備えはしていない
きっかけは、市の生涯学習講座でした。妻に先立たれたWさん(82歳)と、夫を亡くしたRさん(65歳)。歴史講座で隣の席になったことから、二人は言葉を交わすようになりました。
穏やかで博識なWさん。明るく気配りのできるRさん。年の差はありましたが、「二人は互いに、失いかけていた「誰かと過ごす温かさ」を見出しました。やがて一緒に暮らし始め、同居2年。生活費はWさんが負担し、Rさんが家事や日々の世話を担う。支え合う、穏やかな日々でした。
ただ、二人は籍を入れていませんでした。「この歳で、今さら」という照れもあり、「気持ちでつながっていれば十分」と考えていたのです。
Wさんには、一人だけ子どもがいました。軽度の知的障害があり、若い頃に家を離れたきり、今は行方が分からない。連絡もつきません。Wさんにとって、頼れる身内は、事実上Rさんだけでした。
Rさんは、Wさんの少しずつの衰えに気づいていました。「私が最後まで、この人を支える」。強くそう心に決めていました。入院も、施設のことも、財産の管理も、看取りも。全部、自分が引き受ける覚悟でいたのです。
ただ、その覚悟を「法的な形」にすることは、していませんでした。「そばにいる私がやるのだから、手続きなんて要らないだろう」。そう思い込んでいたのです。
そんなある日、Wさんの物忘れが急に進みました。病院で、認知症と診断されます。やがて自宅での生活が難しくなり、施設への入所を考えることに。
ところが、Rさんはここで、いくつもの壁にぶつかります。
施設の入所契約を、Rさんが代わりに結ぶことはできませんでした。「ご家族の方でないと、契約はできません」。Wさんの口座から入所費を払おうとしても、「ご本人の判断能力が確認できないため、引き出せません」と止められます。
「私が、代わりにやります。2年間、ずっと一緒に暮らしてきたんです」。Rさんがそう訴えても、答えは変わりません。「法律上のご家族ではありませんので……」。
頼れるはずのWさんの子は、行方不明のまま。連絡はつきません。結局、家庭裁判所への申し立てを経て、面識のない専門職が、Wさんの成年後見人に選ばれました。
以後、Wさんに関する決定は、すべてその後見人が担うようになりました。2年間、いちばんそばで支えてきたRさんは、肝心なことに一切関われず、蚊帳の外に。
そして、Wさんが息を引き取るとき。Rさんは、その場に立ち会うことすら、かないませんでした。「最後まで、そばにいたかった」。Rさんは、ただ静かに涙を流すしかありませんでした。
今回の切ない結末の根っこには、「気持ちと覚悟があれば、いざというとき動ける」という思い込みがありました。
残念ながら、事実婚のパートナーは、法律上の配偶者としては扱われません。どれほど深く支え合っていても、法的な裏づけがなければ、相手に代わって契約や財産管理をすることはできないのです。
そして、相手が認知症になった後では、本人が「この人に任せたい」と新たに契約することもできません。残された道は、家庭裁判所に成年後見人を選んでもらうことだけです。
メモ:認知症になった後の「成年後見」の流れ
→ 事実婚のパートナーは法律上の親族ではないため、後見人に選ばれる保証はない。「いちばんそばにいた人が関われない」という事態が起こり得る
さらにWさんのケースでは、頼れるはずの子が行方不明でした。相続や後見の場面で、本来なら中心となるはずの人と連絡がつかないと、手続きは一層複雑になり、時間もかかります。Rさんが入り込む余地は、ますます狭くなってしまったのです。
なお、看取りの立ち会いや面会の扱いは、施設や病院、状況によって異なります(ケースによる)。ただ、何の書面もなければ、パートナーの立場はきわめて弱くなってしまいます。
注意点
個別の状況でどこまで備えられるかは、ご事情によって変わります。具体的な進め方は、行政書士などの専門家に相談するのが確実です。
Rさんの「最後まで支えたい」という覚悟をかなえるには、その思いを元気なうちに、法的な形にしておくことが必要でした。年の差・事実婚のカップルには、次の4つの備えがとくに有効です。
① 任意後見契約で「判断できなくなった後」の支援者を決めておく
任意後見契約とは、判断能力があるうちに「将来、判断能力が低下したら、この人に支援を任せたい」と、自分で支援者を選んでおく契約です。公正証書で作ります。RさんをWさんの任意後見人に指定しておけば、認知症になっても、Rさんが正式な立場で財産管理や入所手続きを担えます。
② 財産管理委任契約で「判断できるうちの手続き」も任せる
財産管理委任契約とは、判断能力はあるものの、体が不自由で外出などが難しいときに、財産管理や各種手続きを任せる契約です。任意後見が始まる前の段階から、Rさんが日々の手続きをサポートできます。
③ 死後事務委任契約で「最期とその後」を託す
死後事務委任契約とは、葬儀・納骨・行政手続きなどを、信頼できる人に依頼しておく契約です。これがあれば、Rさんが喪主として、Wさんを最後まで見送れます。
④ 遺言書でパートナーへ財産を遺す
事実婚のパートナーには相続権がありません。「財産をRさんへ遺贈する」という遺言書を作っておけば、支え合ってきた相手に、感謝を財産という形で残せます。ただし、子には遺留分(最低限の取り分)があるため、その点に配慮した設計が必要です。
「気持ちと覚悟さえあれば、最後まで支えられる」――その思いは、何よりも尊いものです。けれど、法律は、その覚悟を自動的には支えてくれません。とくに、法律婚をしていない事実婚のカップルでは、一方が認知症になると、もう一方は財産管理も契約もできず、見知らぬ専門職に取り仕切られてしまうおそれがあります。頼れる身内がいない場合は、なおさらです。
2年間いちばんそばで支えた人が、看取りにすら立ち会えない――こんなに切ないことはありません。
だからこそ、年の差・事実婚のカップルにとって、任意後見・財産管理委任・死後事務委任・遺言書の備えは、まさにマストの備えです。これらを整えておくことは、「最後まで支え合う」という覚悟を、法的にも確かなものにすることにほかなりません。
大切なのは、二人とも動ける「今」だからこそ、ということ。「そばにいるから大丈夫」ではなく、その気持ちをぜひ形にしてください。進め方に迷ったときは、この分野に理解のある行政書士などの専門家に相談することで、お二人に合った形が見つかります。