これは、終活・相続のよくある失敗パターンあるあるシリーズです。登場人物はフィクションですが、現実に起こりうるシチュエーションとオチを描いています。「大切な人がそばにいてくれれば十分」と思っている方こそ、ぜひご自身や身近な方の状況と重ねながら読んでみてください。
【主人公の状況】
夫婦:なし(同性パートナーと同居・法律上の婚姻はできていない)
子供:なし
年齢:Aさん(62歳)・パートナーBさん(58歳)
終活状況:「二人で暮らせていれば十分」と考え、法的な備えはしていない
休日の朝。Aさん(62歳)とパートナーのBさん(58歳)は、いつものように二人で近所のカフェに出かけました。20年以上連れ添った、穏やかな日々です。お互いを誰よりも理解し、支え合ってきました。
二人は同性のカップルです。法律上の結婚はできませんが、「籍がなくても、私たちは家族だ」という思いで暮らしてきました。
Aさんの実家は、二人の関係を快く思っていません。Aさんが若い頃に打ち明けて以来、距離ができたままでした。盆や正月にも、めったに行き来はありません。Aさんにとって、いちばんの家族はBさんでした。
「もし私に何かあったら、Bにそばにいてほしい」。Aさんは、漠然とそう思っていました。けれど、それを何か書面に残したことはありませんでした。
数年前、知人から「同性カップルこそ、ちゃんと法的な備えをしておいたほうがいい」と聞いたことがありました。任意後見、死後事務委任――難しそうな言葉が並びます。Aさんは「いつか、ちゃんと調べよう」と思いつつ、「今は二人とも元気だし」と、先延ばしにしていました。
そんなある日。Aさんが、交通事故に遭いました。意識不明の重体で、救急搬送されたのです。
Bさんは、知らせを受けてすぐに病院へ駆けつけました。けれど、そこで突きつけられたのは、冷たい現実でした。
「ご家族の方ですか? ……失礼ですが、どういったご関係でしょうか」
Bさんは言葉に詰まりました。「パートナーです」と答えても、病院側の対応は変わりません。面会も、容体の説明も、「ご家族を優先します」と告げられたのです。
やがて、連絡を受けたAさんの実家の家族が到着しました。長く疎遠だった人たちです。それでも、法律上は「家族」。手術の同意も、今後の治療方針も、すべて実家の家族が決めていきました。
Bさんは、廊下の隅で立ち尽くすしかありませんでした。20年連れ添った相手なのに、いちばんそばにいたい相手なのに、「家族でない」というだけで、何もできない。Aさんの容体を、人づてに聞くことしかできませんでした。
Aさんが望んだ「Bにそばにいてほしい」という願いは、誰にも知られないまま、かなえられませんでした。本人がいちばん信頼していた人が、いちばん遠い場所に立たされてしまったのです。
今回の悲しいすれ違いの根っこには、「気持ちでつながっていれば、いざというとき認めてもらえる」という思い込みがありました。
残念ながら、現在の日本では、同性のパートナーは法律上の配偶者として扱われません。どれほど長く連れ添っても、法的な裏づけがなければ、緊急時に「家族」として扱われない場面が出てきます。
メモ:緊急時・万一のときに「家族」が関わる主な場面
→ 何も備えがなければ、財産は実家の家族へ流れる
とくに今回のように、実家の家族が関係を認めていない場合、緊急時にパートナーがはじき出されてしまうリスクは現実のものです。本人が「この人にそばにいてほしい」と願っていても、その意思が書面になければ、周囲はそれを知るすべがありません。
なお、医療同意や面会の扱いは、病院や状況によって対応が異なる(ケースによる)のが実情です。書面があっても完全に保証されるわけではありませんが、「本人の明確な意思」を示す書面があるかどうかで、扱いは大きく変わり得ます。
注意点
個別の状況でどこまで対応できるかは、ご事情によって変わります。具体的な備え方は、行政書士などの専門家に相談するのが確実です。
Aさんの願いをかなえるには、「自分の意思」を、元気なうちに法的な書面にしておくことが必要でした。同性カップルには、次の3つの備えがとくに有効です。
① 任意後見契約で「判断できなくなった後」の支援者を決めておく
任意後見契約とは、判断能力があるうちに「将来、自分の判断能力が低下したら、この人に支援を任せたい」と、自分で支援者を選んでおく契約です。公正証書で作ります。パートナーを任意後見人に指定しておけば、財産管理や各種手続きを、堂々とパートナーが担えるようになります。
② 死後事務委任契約で「亡くなった後」をパートナーに託す
死後事務委任契約とは、葬儀・納骨・行政手続きなどを、信頼できる人に依頼しておく契約です。これがあれば、パートナーが喪主として見送り、最後まで責任を持って対応できます。
③ 尊厳死宣言で「医療の希望」を明確に残す
尊厳死宣言(リビング・ウィル)とは、回復の見込みがないときに、どのような医療を望む/望まないかを、あらかじめ書面で表明しておくものです。「延命治療を望まない」といった本人の意思を示せます。あわせて、「治療方針はパートナーの意向を尊重してほしい」という思いを書面に残しておくことで、本人の意思を周囲に伝える助けになります。
ポイント:3つの備えを組み合わせるメリット
加えて、「全財産をパートナーへ遺贈する」という遺言書も作っておけば、相続権のないパートナーにも財産を残せます。これらをセットで備えることが、何よりの安心につながります。
「気持ちでつながっているから大丈夫」――その絆は、誰にも否定できない、かけがえのないものです。けれど、いざというとき、法律はその気持ちを自動的には汲んでくれません。
とくに法律婚ができない同性カップルにとって、何の備えもないことは、「いちばん大切な人が、いちばん遠くに立たされる」リスクと隣り合わせです。関係を認めない親族がいる場合は、なおさらです。
だからこそ、同性カップルにとって、任意後見・死後事務委任・尊厳死宣言(+遺言書)は、まさにマストの備えです。これらを書面に残すことは、「自分の意思」と「大切な人の立場」を、自分自身の手で守ることにほかなりません。
大切なのは、二人とも元気な「今」だからこそ動ける、ということ。「いつか」ではなく、今こそ、二人で一度話し合ってみてください。進め方に迷ったときは、この分野に理解のある行政書士などの専門家に相談することで、お二人に合った形が見つかります。